東京高等裁判所 平成7年(行ケ)154号 判決 1997年2月27日
東京都新宿区市谷加賀町1丁目1番1号
原告
大日本印刷株式会社
同代表者代表取締役
北島義俊
同訴訟代理人弁護士
赤尾直人
同弁理士
内田亘彦
同
蛭川昌信
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
同指定代理人
平瀬博通
同
八巻惺
同
花岡明子
同
小池隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成3年審判第18155号事件について平成7年3月27日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和60年3月15日、名称を「カード類」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(昭和60年実用新案登録願第36156号)をしたが、平成3年8月27日拒絶査定を受けたので、同年9月20日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成3年審判第18155号事件として審理し、平成5年12月15日、実用新案出願公告(平成5年実用新案出願公告第47666号)をしたが、登録異議の申立てがあり、平成7年3月27日、登録異議の申立ては理由がある旨の決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月5日、原告に送達された。
2 本願考案の要旨
身分証明書等を包含するカード類において、その表示面の表示画像の少なくとも一部が、原稿を色分解した信号に従い、サーマルヘッドで昇華転写された少なくとも3色の昇華性染料からなり、転写された各色の染料はサーマルヘッドの発熱素子のピッチに対応する水平な色点の集合体からなり、且つ3原色以外の中間色が3原色の色点の混色によって発色されているカラー顔写真であり、該顔写真はカード基体の表示部に直接染着形成されており、且つ透明保護層で被覆されていることを特徴とするカード類。
3 審決の理由の要点
(1) 本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。
(2)<1> 特開昭50-11521号公報(以下「引用例1」という。)には、以下のことが図面とともに記載されている。
複製表示すべきカラー原画を光電走査して複数個の色分解画像信号を得る手段と、基板に複数種の色材を用いてカラー画像を走査記録するための記録手段とよりなり、前記複数個の色分解画像信号により、前記記録手段を制御してそれぞれの色分解画像の対応色により複製画像を描出するようにしたカラー画像走査記録方法。(特許請求の範囲参照。)
クレジットカード、身分証明書、各種会員証等の証明カード(本訴における甲第3号証1頁左下欄16行、17行参照。)
カード台紙、プラスチック製カード等の基板上に記名者の顔写真をカラーで表示する(同右下欄7行ないし9行参照。)
色分解された画像信号は、原画ホルダー(1)および基板(16)が、例えばX軸方向に同期して駆動され、光源(3)によるY軸方向への走査送りピッチと記録ペン(15)によるY軸への走査送りピツチが同一(通常0.2mmピッチ)で、同期して駆動されるとイエロー、マゼンタ、シアンの3色でカラー表示する(同1頁右下欄20行ないし2頁左上欄6行参照。)
ペン部材(21)(21)・・・によって形成されるドット面積が適宜変化し、ペースト状にして充填された顔料(22)の露出面積も、それに従って変化するため、原画(2)の濃度の最も高い、あるいは最も低い値を、記録ペン(15)により形成されるドットの最大面積あるいは最少面積に対応して設定することにより、原画(2)に応じたカラー画像が確実にハーフトーン記録再生される。(同2頁右上欄15行ないし左下欄2行参照。)
<2> 画像電子学会誌46、12[1](1983)画像電子学会18ないし23頁(以下「引用例2」という。)には、以下のことが図面とともに記載されている。
このプリンターの特徴は、サーマルヘッドの熱でカラーシートに塗布した染料をプリント紙上に昇華転写することである。(18頁7行ないし9行参照。)
染料がサーマルヘッドに印加した電気信号に比例して昇華するので連続した中間調が得られる。(18頁11行、12行参照。)
プリント後、薄い透明フィルムを熱ラミネートすることで画の発色性、濃度を上げることができ、保存性も向上する。(18頁13行、14行参照。)
印画濃度は、写真に匹敵する。(18頁15行、16行参照。)
プリントは、このプロセスを減色混合の3原色、すなわち、イエロー、マゼンタ、シアンにブラックを加えた4色を面順次でプリントする。(19頁右欄9行ないし11行参照。)
480個の発熱素子を持ったラインヘッドを使えば良い。明視の距離での解像度を考え画面サイズをキャビネ相当の縦120mm×横160mmとすると1mm当り4素子となり、本プリンターでは4本/mm、512素子の薄膜サーマルプリントヘッドを用いた。(20頁左欄17行ないし22行参照。)
プリント紙は、A5版のカット紙を用い、各色のドットずれを防ぐため、紙の先端をプラテン状に固定する方式とした。(20頁左欄31行ないし33行参照。)
昇華転写式カラープリンターで顔をプリントしている。(第1、3図参照。)
(3) そこで、本願考案と引用例1に記載されたものとを比較すると、引用例1の(a)証明カード、(b)カラー原画、(c)色分解画像信号、(d)顔料(22)、(e)ハーフトーン、(f)イエロー、マゼンタ、シアン、(g)基板(16)は、それぞれ本願考案の(a)カード類、(b)原稿、(c)色分解した信号、(d)染料、(e)中間色、(f)3原色、(g)カード基体にそれぞれ相当するから、両者は、
「身分証明書等を包含するカード類において、その表示面の表示画像の少なくとも一部が、原稿を色分解した信号に従い、少なくとも3色の染料からなり、且つ3原色以外の中間色が3原色の色点によって発色されているカラー顔写真であり、該顔写真はカード基体の表示部に直接染着形成されていることを特徴とするカード類。」
である点で一致する。
また、次の点で相違する。
<1> 相違点1
本願考案では、カラー顔写真の画像が、サーマルヘッドで昇華転写された少なくとも3色の昇華性染料からなり、転写された各色の染料はサーマルヘッドの発熱素子のピッチに対応する水平な色点の集合体からなり、且つ3原色以外の中間色が3原色の色点の混色によって発色されているのに対し、引用例1に記載されたものは、記録ペンにより印字されるイエロー、マゼンタ、シアンの3色により、中間色が発色されている点。
<2> 相違点2
本願考案は、カード基体が透明保護層で被覆されているのに対し、引用例1に記載されたものは、その記載がない点。
(4)<1> 相違点1について検討する。
(a) 引用例2には、1mm当たり4素子の、480個の発熱素子を持ったサーマルラインヘッドで、3原色の昇華性染料を転写し、混合して中間色を発色させ、カラー写真に匹敵する印字濃度で、顔の画像を印字することが記載されている。
1mm当たり4素子の発熱素子を有する昇華転写式サーマルラインヘッドは、その発熱素子のピッチに対応する水平な色点を転写することは明らかである。また、各色のドットずれを防ぐことが記載されていることから、転写された各色の染料は色点の集合体からなり、中間色が3原色の色点の混色により発色されているものであることも明らかである。また、カラー写真に匹敵する印字濃度で、顔の画像を印字することができるから、印字されたものはカラー写真といえる。
以上のことから、引用例2には、前記相違点1の、カラー顔写真の画像が、サーマルヘッドで昇華転写された少なくとも3色の昇華性染料からなり、転写された各色の染料はサーマルヘッドの発熱素子のピッチに対応する水平な色点の集合体からなり、且つ3原色以外の中間色が3原色の色点の混色によって発色されていることが記載されているものといえる。
(b) 引用例1と2は、いずれもカラー顔写真を得るという目的において共通するものであるから、引用例2に記載されたものを、引用例1に記載されたものに適用することは、当業者がきわめて容易になし得る程度のことである。
<2> 相違点2について、引用例2の「薄い透明フィルム」は本願考案の「透明保護層」に相当するものであるし、カードにおいて、透明保護層で被覆することは、例示するまでもなく慣用技術である。
<3> そして、本願考案の効果も、引用例1、2に記載されたもの及び慣用技術から予測される程度のものにすぎない。
(5) したがって、本願考案は、引用例1、2に記載されたもの及び慣用技術に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められ、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。
同(3)のうち、引用例1の顔料が本願考案の染料に相当すること、両者は、「染料」からなること及び「該顔写真はカード基体の表示部に直接染着形成されていること」の点で一致することは争い、その余は認める。
同(4)<1>のうち、(a)は認め、(b)は争う。同(4)<2>は認め、<3>は争う。
同(5)は争う。
審決は、一致点の認定を誤り、かつ、相違点1についての判断及び効果についての判断を誤ったため進歩性の判断を誤った違法があるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)
審決は、本願考案の「染料」が引用例1の「顔料」に相当し、両者は、「少なくとも3色の染料からなり」、「該顔写真はカード基体の表示部に直接染着形成されていること」で一致すると認定するが、誤りである。そして、この相違点は、引用例2にも記載されていない。
<1> 本願考案にいう「表示部に直接染着形成」とは、昇華転写の際、「染料を表示部内に移行させる状態」だけでなく、昇華転写を行った後の段階において、昇華性染料が表示部内を移動せず、かつ表面へのブリード(にじみ)を防止した状態を意味する。
(a) 前者の「染料を表示部内に移行させる」ことによる染着形成である点は、本願明細書中の、「本考案によれば、上記の如くして形成した表示画像、特に顔写真4は、表示層2中に染着している為に、表示層2を盛り上がらせたり、或はその後に表面保護層3を形成しても、その表面が盛り上がることもなく、又、表面保護層3との層間剥離をも生じないものである。」(甲第2号証5欄20行ないし25行)等の記載、及び、染着性とは、「染色過程で染料は水中・・・から繊維に吸収され、その非結晶領域に単分子状ではいって繊維と何らかの結合を生じる。」(甲第5号証の1ないし3)との一般技術文献の記載から明らかである。
(b) 後者の「昇華転写を行った後の段階において、昇華性染料が表示部内を移動せず、かつ表面へのブリード(にじみ)を防止した状態」の点は、次の点から明らかである。
すなわち、本願明細書には、「従来公知の昇華性染料はその昇華転写の速度を十分にする為に、一般に150~300程度の分子量のものを使用しているが、この様な分子量の染料を使用した場合には、その分子量が小なるが故に、転写後にその染料が表示層2中で移動したり表面にブリードしたりする欠点もみられた。本考案ではこの様な欠点を、好ましくは400~800程度の比較的高い分子量の昇華性染料を使用することによって解決することが出来る。」(甲第2号証5欄31行ないし39行)、染料の表示層中への移動及び表面におけるブリードを排除するのは、カード類における「十分な堅牢性」(同6欄6行)を得んがためであると記載されている。また、昇華転写に際し、染料が表示層内を移動することについて、「昇華転写シートの裏面からパターン状の加熱を行って、表示層2中に染料を移行させる」(同5欄11行ないし13行)、「顔写真4は、表示層2中に染着している為に、」(同5欄21行、22行)と記載されているが、当該部分においては「直接染着形成」の用語は使用されていない。仮に、「直接染着形成」が、昇華転写の際、「染料を表示部内に移行させる」の趣旨のみに留まるのであれば、前記染着後における表示層中の移動及び表面へのブリードによって、「直接染着形成」による効果は、無意味と化すか又は少なくとも半減することにならざるを得ないし、本願考案の要旨が、「カードの基体の表示部に直接染着形成されており、」と昇華転写が行われた後のカードの状態をも提示している表現とも合致しない。
そして、本願考案の実用新案登録請求の範囲第2項においては、「昇華性染料が、400~800の分子量を有する」ことを構成要件としているが、これは、このような「比較的高い分子量の昇華性染料を使用する」(甲第2号証5欄38行、39行)染料の表示層中における移動及び表面におけるブリードを解決することができる好ましい実施例を表現したものにほかならない。他方、本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲第1項)は、特に直接染料の分子量を規定していないが、これは、「150~300程度の分子量」(甲第2号証5欄32行)の従来例による昇華性染料と、「400~800」の分子量との中間領域も存在し、当該中間領域にも、「比較的高い分子量の昇華性染料」に該当する場合は存在し、表示層中の移動及び表面におけるブリードを排除する「直接染着形成」が、昇華性染料の分子量だけでなく、昇華性染料と表示層を形成する素材との結合の程度によっても左右され、「直接染着形成」の可否を一律に分子量の上限値及び下限値によって規定することができないからにほかならない(「比較的高い分子量」との表現は、実用新案登録請求の範囲の表現として不適当である。)。
<2> 引用例1には、「原画(2)を走査して得た画像信号の強弱に応じて、記録ペン(15)が、記録部(17)を下方に押付ける押圧力を制御することにより、ペン部材(21)(21)・・・によって形成されるドット面積が適宜変化し、ペースト状にして充填された顔料(22)の露出面積も、それに従って変化するため、原画(2)の濃度の最も高い、あるいは最も低い値を、記録ペン(15)により形成されるドットの最大面積あるいは最少面積に対応して設定することにより、原画(2)に応じたカラー画像が確実にハーフトーン記録再生される。」(甲第3号証2頁右上欄12行ないし左下欄2行)と記載されている。この記載によれば、引用例1においては、ペースト状の顔料が、ペンから一定の押圧力をもって押し出され、記録部表面に移転しかつ付着する以上、移転したインキは一定の隆起した厚みを有するインキ層を形成せざるを得ない。そして、顔料自体には接着性はないから、結合材と一体となって表面に移転固着される。ペースト状の顔料が、記録部内に移転することは本来あり得ない。この点は、色素材料である顔料と染料の性質の比較として、顔料は繊維に対して親和性がないが、染料は染着性を有するとし、「顔料も染色に使うが、染着性がないので、媒質を用いて固着させる。」と記載されていることからも明らかである(甲第5号証の1ないし3)。
しかも、移転した顔料のドットの大きさは、一般的にはドットの平面方向の露出面積が大きいほどその隆起(盛り上がり)による高さは大きくなっていく。したがって、引用例1においては、移転した顔料が所定の盛り上がりによる厚みを有しているため、表示部における平坦性を維持することができず、しかも盛り上がり形状の相違に基づく凹凸状態が形成されていることになる。そうすると、たとえ透明保護層によって基板(16)を保護したとしても、移転した顔料の介在によって表面保護層と基板(16)との密着を実現することができず、透明保護層との非剥離性を実現することが不可能である。
<3> そして、「表示部に直接染着形成」する等の点は、引用例2にも記載されていない。
引用例2では、「この染料は繊維と共に加熱されると繊維分子内に分散し発色するものである。このため分散染料は、一般的に他の染料と比較して低分子量である。」(甲第4号証22頁左欄下から10行ないし7行)と記載されているように、低い分子量の染料を使用しているがために、染料は表面にブリードし、かつ、表示層中を移動している。現に、引用例2には、比較的高い分子量を使用する旨の記載は何ら存在しないばかりか、かえって、表示層に対しポリエステルフィルム等を接着することによってラミネートした場合について、「これにより表面が光沢仕上げとなり、・・・その結果、発色もさらに良くなるという利点がある。」(同22頁右欄下から19行ないし16行)と記載されており、染料が単に拡散によって表示部内を移動するだけでなく、保護層としてラミネートしたフィルム中にも拡散によって移動することを明らかにしている。
(2) 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)
審決は、「引用例1と2は、いずれもカラー顔写真を得るという目的において共通するものであるから、引用例2に記載されたものを、引用例1に記載されたものに適用することは、当業者がきわめて容易になし得る程度のことである。」と判断するが、誤りである。
引用例1は、「記名者の顔写真をカラーで表示する方法の提供を目的としている」(甲第3号証1頁右下欄8行、9行)が、引用例2は、飽くまで「昇華転写型フルカラープリンター」に関する解説文献であって、たまたま19頁の図3において、顔に関するプリント結果が掲載されているも、このような顔の画像を得ること自体を目的としているわけではない。したがって、審決の目的の共通性に関する認定は、明らかに誤りである。このように技術上の目的として本来共通性又は関連性がない以上、引用例1において、引用例2のごとき昇華転写型フルカラープリンターの技術を転用しなければならない必然性(動機)が存在しないのである。
(3) 取消事由3(効果についての判断の誤り)
審決は、「本願考案の効果も、引用例1、2に記載されたもの及び慣用技術から予測される程度のものにすぎない。」と判断するが、誤りである。
本願考案においては、染料が「表示部に直接染着形成」することから、「透明保護層」の非剥離性が実現されるのに対し、引用例2では、このような効果は生じておらず、これを示唆する記載もない。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> 本願考案における昇華性染料について、分子量が考案の構成要件となっていないから、本願考案の要旨にいう「直接染着形成」とは、「表示部の上に染料が直接染着される」ものと、「表示部内に染料が直接染着される」ものとの両方の概念を含むものである。
甲第5号証の1ないし3も、染料と顔料の繊維に対する親和性を「染着性」と記載しているだけであるから、甲第5号証の1ないし3の記載のみをもって、本願考案の要旨にいう「表示部に直接染着形成」を、昇華性染料が表示層を形成する分子と結合すること、すなわち、表示層内に昇華性染料が入ることを意味すると解釈することはできない。
また、原告は、「表示部に直接染着形成」とは、昇華転写を行った後の段階において、昇華性染料が表示部内を移動せず、かつ表面へのブリードを防止した状態も意味すると主張するが、この主張は、本願考案の要旨に基づかないものであり、しかも、直接染着形成が昇華性染料の分子量だけでなく昇華性染料と表示部を形成する素材との結合の程度によっても左右されることは、本願明細書に全く記載されていないし、仮にそうであるとすると、昇華性染料の分子量が400~800のものが好ましい実施例であるとする原告の主張を自ら否定することにほかならない。
<2> 引用例1に記載されたものは、表示部の上に染料が直接染着される」ものであるが、引用例1において、「その走査送りピッチは1/3となって0.2/3mmとなり、」(甲第3号証2頁左上欄6行、7行)との記載によれば、ドットの最大径は≦0.2/3mm(約67μ)である。したがって、引用例1に記載されたものにおいて、印刷表面に透明保護層を被覆した場合に、印刷表面と保護層との非剥離性が、本願考案のものと大きく変わるはずがない。
したがって、審決において、「顔写真はカードの基体の表示部に直接染着形成されていること」との点で一致するとした点に誤りはない。
<3> 仮に、「直接染着形成」が「染料を表示部内に移行させることによる染着形成」の意味であるとしても、引用例2の昇華転写型フルカラープリントにおいても、表示層の中に昇華染料を分散させ平坦なプリント面を得る点において変わりはない。すなわち、引用例2には、「プリント紙は、カラーシートから昇華される染料気体を分子状態で吸着、分散させる必要がある。すなわち、プリント紙は染料に対する被染性に優れ、かつ少量の染料で高濃度で忠実な色再現が得られなければならない。分散染料は、拡散してはじめて良好な発色を示す特徴があり、一方、紙の主原料であるセルロース繊維は、この性質がないためその表面にポリエステル系樹脂をコーテイングして、発色性を向上させている。しかも、このためにプリント紙の加筆性、自然性が損なわれることは全くないようにした。」(甲第4号証22頁右欄14行ないし23行)と記載されているから、引用例2の昇華転写型フルカラープリントにおいては、染料は気体状態でポリエステル樹脂コーティング層の中に分散、拡散しているものであることは明らかである。
しかも、引用例2には、「分散染料は、ポリエステルやアセテート繊維等の捺染染色のために多くの検討がなされてきた。この染料は繊維と共に加熱されると繊維分子内に分散し発色するものである。このため分散染料は、一般に他の染料と比較して低分子量である。」(甲第4号証22頁左欄15行ないし19行)と記載されているから、引用例2の分散染料は、加熱されると繊維分子内に分散し発色するため低分子量であるが、原告が主張する「表示層内を移動する」ような低分子量の染料であることを意味するものではない。
(2) 取消事由2、3について
上記(1)で述べたように、引用例2に記載されているプリント技術は、本件考案と同様、平坦なプリント面を得、それに透明なフィルムを被覆して、プリント面と透明フィルムとの良好な非剥離性を実現しているものであるから、審決の「引用例1と2は、いずれもカラー顔写真を得るという目的において共通するものであるから、引用例2に記載されたものを、引用例1に記載されたものに適用することは、当業者がきわめて容易になし得る程度のことである」、「本願考案の効果も、引用例1、2に記載されたもの及び慣用技術から予測される程度のものに過ぎない」とした判断に誤りはない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点(2)(引用例1、2の記載事項の認定)、同(4)<1>(相違点1についての判断)のうち(a)、同(4)<2>(相違点2についての判断)は、当事者間に争いがない。
2 原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1、2について
<1> 審決の理由の要点(3)(一致点、相違点の認定)のうち、引用例1の顔料が本願考案の染料に相当すること、両者は、「染料」からなること及び「該顔写真はカード基体の表示部に直接染着形成されていること」の点で一致することを除く事実は、当事者間に争いがない。
<2> 甲第2号証によれば、本願明細書には、「本考案のカード類10の特徴は、上記の如き表示層2に表示された表示画像4の全部(前部は誤記と認める。)或は1部、特に顔写真が前記の様に昇華性染料から形成されていることを特徴としており、かかる画像4の形成方法は従来公知の方法でよい。例えば、従来公知の昇華転写方法に使用される昇華転写シート、即ち、紙やプラスチックフィルム、シート等の支持体の表面に加熱によって昇華し得る染料を任意のバインダー樹脂で担持させたものを表示層2に重ね合わせ、昇華転写シートの裏面からパターン状の加熱を行って、表示層2中に染料を移行させることによって容易に形成することが出来る。・・・即ち、本考案によれば、上記の如くして形成した表示画像、特に顔写真4は、表示層2中に染着している為に、表示層2を盛り上がらせたり、或はその後に表面保護層3を形成しても、その表面が盛り上がることもなく、又、表面保護層3との層間剥離を生じないものである。」(5欄2行ないし25行)と記載されていることが認められる。
この記載によれば、本願考案は、染料が表示層中に移行することにより、表面層の上に色素が盛り上がって形成される起伏状態を避け、平坦性を実現できるとともに、外力が加わった場合、起伏部分と透明保護層との間に生じるおそれのある層間剥離を防止し、非剥離性を実現するものであると認められ、「表示層に直接染着形成」とは、表示層中に染料が直接に移行し染着している状態を形成していることを意味すると認められる。
これに対し、引用例1の記載事項(審決の理由の要点(2)<1>)は、前記1に説示のとおりである。この記載によれば、引用例1においては、画像を形成する材料はペースト状の顔料であって、記録ペンを記録部へ押し付けることにより、記録ペンに充填された顔料を記録部へ移行させ、画像を形成するものである。そして、甲第5号証の1ないし3によれば、色素材料は着色を主目的とするもので、色素として顔料と染料の別があり、染料が繊維に吸収されその非結晶領域で単分子状で入って繊維と何らかの結合を生じさせる性質を染着性と呼び、顔料も染色に使うが、染着性がないので、媒質を用いて固着させていることが認められる。
以上によれば、本願考案における染料は、表示層中に吸収され、表示層との間で分子レベルでの結合を生じている染着性を有しているのに対し、引用例1に記載された顔料は、着色するための色素である点で染料と共通するものの、媒質を用いて固着させるものであり、染料のように表示層中に吸収されて何らかの結合を生じさせるものではないと認められる。
よって、本願考案の染料と引用例1の顔料とは異なる性質を有する色素であって、顔料にはそもそも染着性がないものと解されるから、審決の、本願考案の「染料」が引用例1の「顔料」に相当し、両者は、「少なくとも3色の染料からなり」、「該顔写真はカード基体の表示部に直接染着形成されていること」で一致するとの認定は、誤りである。
<3> 被告は、甲第5号証1ないし3も、染料と顔料の、繊維に対する親和性を「染着性」と記載しているだけであるから、甲第5号証の1ないし3の記載のみをもって、本願考案の要旨にいう「表示部に直接染着形成」を表示層内に昇華性染料が入ることを意味すると解釈することはできないと主張する。しかしながら、甲第4号証によれば、引用例2には、「プリント紙は、カラーシートから昇華される染料気体を分子状態で吸着、分散させる必要がある。」(22頁右欄14行、15行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、プリント紙においても、サーマルヘッドの熱により昇華した染料気体を分子状態で吸着、分散させるものであり、甲第5号証の1ないし3に記載の繊維に対する染着性の技術的意義と同様であることが認められるから、この点の被告の主張は採用できない。
また、被告は、引用例1のものは、ドットの最大径は約67μ程度であり、印刷表面に透明保護層を被覆した場合に、印刷表面と保護層との非剥離性が本願考案のものと大きく変わるはずがないと主張するが、67μであってもペースト状の顔料が印刷表面に存在するものである以上、非剥離性が本願考案のものと大きく変わるはずがないと解することは到底できず、この点の被告の主張は採用できない。
他方、原告は、本願考案にいう「表示部に直接染着形成」とは、昇華転写の際、「染料を表示部内に移行させる状態」だけでなく、昇華転写を行った後の段階において、昇華性染料が表示部内を移動せず、かつ表面へのブリードを防止した状態を意味すると主張する。
確かに、甲第2号証によれば、本願明細書には、「従来公知の昇華性染料はその昇華転写の速度を十分にする為に、一般に150~300程度の分子量のものを使用しているが、この様な分子量の染料を使用した場合には、その分子量が小なるが故に、転写後にその染料が表示層2中に移動したり表面にブリードしたりする欠点もみられた。本考案ではこの様な欠点を、好ましくは400~800程度の比較的高い分子量の昇華性染料を使用することによって解決することが出来る。この様な比較的高い分子量の昇華性染料は、通常の使用方法では、転写速度が低く、実用性は低いが、本考案において、表示画像4の形成にあたり、表示層2を有するカード基体1を、例えば、40~100℃程度、好ましくは50~80℃程度に昇温させて、昇華転写シートと重ね、以下従来技術と同様に昇華転写を行うときは、この様な比較的高分子の染料を用いても十分な速度で昇華転写が行われ、その結果表示層2中に移行した染料はその高い分子量の為に表示層2中で移動したり、表面にブリードしたりすることがなく、十分な堅牢性を示すことを知見したものである。」(5欄31行ないし6欄7行)と記載されていることが認められる。しかしながら、甲第2号証によれば、本願明細書の実用新案登録請求の範囲第1項(本願考案の要旨)には、昇華性染料の分子量の数値やそれが比較的高いものであることは記載されておらず、実施態様項である実用新案登録請求の範囲第2項において昇華性染料の分子量が限定されていることが認められ、考案の詳細な説明においても、(考案が解決しようとする問題点)の項には、染料の移動及び表面へのブリードを防止することについては何ら記載がなく、(作用・効果)の項にも、染料の移動及び表面へのブリードを防止することを明示する記載はない。しかも、上記分子量について言及した記載も、「本考案」との表現はしているが、分子量を比較的高いものとすることによって更に染料の移動及び表面へのブリードを防止するという点で改良を図る趣旨と解され、請求項である実用新案登録請求の範囲第1項が、分子量が400ないし800程度のものに限らず、その他の分子量の昇華性染料を使用するものも含むと解することの妨げとなるものではないと認められる。その他の原告の主張も、上記認定を左右するものとは認められない。よって、この点の原告の主張は採用できない。
<4> 引用例2の記載事項(審決の理由の要点(2)<2>及び(4)<1>(a))は、前記説示のとおりである。
さらに、甲第4号証によれば、引用例2には、「プリント紙は、カラーシートから昇華される染料気体を分子状態で吸着、分散させる必要がある。すなわち、プリント紙は染料に対する被染性に優れ、かつ少量の染料で高濃度で忠実な色再現が得られなければならない。分散染料は、拡散してはじめて良好な発色を示す特徴があり、一方、紙の主原料であるセルロース繊維は、この性質がないためその表面にポリエステル系樹脂をコーティングして、発色性を向上させている。しかも、このためにプリント紙の加筆性、自然性が損なわれることは全くないようにした。」(22頁右欄14行ないし23行)と記載されていることが認められる。
これらの事実によれば、引用例2に記載されたものにおいても、昇華性染料を昇華転写することにより表示層中に染料が直接に移行して染着している状況を形成している点に変わりはなく、「表示部に直接染着形成」の点は、引用例2にも記載されていると認められる。
<5> 前記説示のとおり、引用例1に記載されたものと引用例2に記載されたものは、カラー顔写真という画像を形成するために、前者は顔料を用い、印字により画像を形成しているのに対し、後者は染料を用い、昇華転写により染着して画像を形成しているものの、色素を移行させてカラー顔写真という画像を形成する点において共通するものであるから、引用例1に記載された顔料という材料に伴う画像形成手段及び発色形態に代えて、引用例2に記載された昇華性染料という材料に伴う画像形成手段及び発色形態を選択することは、当業者がきわめて容易に想到し得たことであると認められる。
原告は、引用例2は、飽くまで「昇華転写型フルカラープリンター」に関する解説文献であって、顔の画像を得ること自体を目的としているわけではないから、技術上の目的として本来共通性又は関連性がない以上、引用例1において、引用例2のごとき昇華転写型フルカラープリンターの技術を転用しなければならない必然性(動機)が存在しない旨主張する。しかしながら、本願考案も、その考案の要旨から明らかなように、原稿を色分解した信号に従い、サーマルヘッドで3色の昇華性染料を昇華転写するものであるから、昇華転写の際に「昇華転写フルカラープリンター」という手段を用いていることは自明であり、しかも、引用例2は、解説文献であるとしても、「昇華転写型フルカラープリンター」が画像を形成するためのものであることは明らかであり、画像の中には「図3 プリント結果」(甲第4号証19頁右欄)に示されているように顔写真を含むことは明らかであるから、引用例2はカラー顔写真を得るという目的も含んでいると認められる。したがって、この点の原告の主張は採用できない。
(2) 取消事由3について
原告は、本願考案においては、染料が「表示部に直接染着形成」することから、「透明保護層」の非剥離性が実現されるのに対し、引用例2では、このような効果は生じておらず、これを示唆する記載もないと主張するが、「表示部に直接染着形成」とは、昇華転写を行った後の段階において、昇華性染料が表示部内を移動せず、かつ表面へのブリードを防止した状態も意味すると解することはできないことは、前記(1)で説示したとおりであるから、原告のこの点の主張は、本願考案の要旨に基づかないものといわざるを得ないのみならず、前記(1)で検討したとおり、原告主張にかかる本願の効果は引用例2に記載された事項により達成されるものであるから、採用できない。
したがって、原告主張の取消事由3は理由がない。
(3) 以上によれば、審決には、一致点の認定を誤った点があるものの、「本願考案は、引用例1、2に記載されたもの及び慣用技術に基づいて、当業者がきわめて容易に考案することができたものと認められ」るとした審決の結論に誤りはなく、原告主張の取消事由は、結局、理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)